あの「清純派」が、なぜ??
このところメディアに飛び交う、お決まりのフレーズ。(笑)
その清純派は言うまでもなく、シャブを「あぶった」あげくに、その覚せい剤の痕跡が尿検査で発覚しなくなる間、見事な逃走劇を演じた38歳の、元アイドル。
また一人、清純派のバケの皮がはがれてしまったともいえるが、芸能界には「清純派」と呼ばれる女性が、まだまだ掃いて捨てるほどいる。(汗)
しょせん清純派のレッテルなんて、金儲けを企む芸能プロやテレビ局、広告代理店などの営業戦略。
とはいえ、そんなことは百も承知でも、まんまと乗せられている男は数多い。(滝汗)
需要があるから、清純派が大量生産される、つまり堂々巡りの構図。(凹)
そもそも、清純派の定義って何なのか??
「性欲、金銭欲、出世欲を表に感じさせない控えめな雰囲気」
「長い黒髪に、白のブラウスという地味な身なり」
「山の手の良家の子女のように上品で、優等生的な振る舞い」
などなど、男性の考える条件は十人十色、百人百様。数え上げれば、キリがないようだ。(笑)
ま、それだけ曖昧な存在だからこそ、清純派はいくつものイメージを男性に与え、男性側は勝手な物語をつくりやすいといえる。
しかも、常に自己主張をせず受動的な存在なので、男性はあらゆる願望を清純派に投影できる。
時には清楚な女性をムチャクチャに汚してしまいたいという「サディスティックな願望」から、逆に、自分は欲望に汚れた現実を生きるしかないが、あの娘だけは清らかであって欲しいという「マゾヒスティックな願望」まで、清純派は男性の願望を何でも受け入れる人形のようなもの。
男ってのは元々が身勝手で、好きな女性をその日の気分で思いどおりにしてみたい、なんて好からぬ妄想ばかりのタクマしい生き物。(汗)
つまり、男が妄想人間であるかぎり、清純派は永遠に不滅! ってか。(笑)
ちなみに、清純派のルーツは、大正期に活躍した「白樺派」の恋愛小説に登場するヒロインとか。
清楚で、可憐で、小悪魔的。人間らしい内面の葛藤を見せることはなく、ヒロインへの恋に悩み、苦しむ男性とは大違い。(笑)
文明開化によって移入されたキリスト教文化に多大な影響を受けた、「白樺派」の作品は、永遠の処女である聖母マリアを崇拝する(処女信仰)に通じるもの。
古来、日本には処女をありがたがる風習はなかったそうだが、洋尊和卑の時代の風潮により、次第に浸透していくことになる。(汗)
折りしも娯楽の中心が映画となって、白樺派作品の映像化により、ステレオタイプな清純派像が形成されていったようだ。(凹)
もっとも、「清純派は、男性を幼児化させる」ともいわれているらしい。(凹)
世の男性諸氏には、意図的につくりあげられた清純派の虚像をいつまでも追い続けるより、ある程度の結婚年齢になったら、目の前の女性に肉食的に乗しかかっていってほしいもんだ。あ、でも、あくまでも合意の上で!!(笑)
それがひいては少子化の解決につながることにも……!?
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